リトル・フォレスト
映画の「リトル・フォレスト」を見ました。
8か月前に「amazonプライム会員」になったときから、そのサービスの一つ「プライム・ビデオ」のウォッチリストに「いつか観よう」と追加したまま、なかなか時間がなくて観てなかった映画です。
盆休みを利用して観始めたら、はまってしまって、一気に2作とも観てしまいました。
久しぶりに心に残った映像作品です。
あらすじ
橋本愛さんが演じるいち子は、一度は都会に出て行ったものの、自分の居場所が見つからず、生まれ育った小森という村に戻って、高校生のときに母が失踪したままの家で一人で生活をしています。
毎日の農作業で育てた稲や野菜、山や川で採った食材を使った料理を作って食べながら、自分と向き合い暮らしています。
これといったドラマチックな物語ではなく、いち子の毎日の暮らしの様子や美しい里山の風景がメインの映画です。
日本人の郷愁に触れる映像が流れる中、いち子のモノローグが橋本愛さんのナレーションで入り、物語というより、いち子の生活といち子が住む小森の季節が進んでいきます。
特に、料理のシーンは魅力的で、
「実際、どんな味なんだろう?」
と食べて見たくなります。
料理を作るのが好きな方なら、梅雨時の薪ストーブで焼く「1st dish」の自家製パンから、きっとグイグイ引き込まれていくはずです。
四季に合わせて、「夏」「秋」「冬」「春」の4編構成になっています。
この映画を観るときは、「夏編・秋編」から見ないと、ストーリーがつながりません。
各編、以下の耳に残るナレーションで始まり、「冬」を除き、いち子が自転車で走るシーンが続きます。
小森は東北地方のとある村の中の小さな集落です。
商店などはなく、ちょっとした買い物なら
役場のある村の中心まで出ると、農協の小さなスーパーや商店が数軒。
行きはおおむね下りなので自転車で30分くらい。
帰りはどのくらいにかかるかな……。
冬は雪のため徒歩になります。のんびり1時間半でしょうか。
でもほとんどの人たちは、買い物は隣町の大きな
郊外型のスーパーなんかに行くようです。
わたしがそこに行くとなると、ほぼ1日がかりになります。
映画の予告編はこちら。
母は5年前、私を1人残して、突然家を出て行った。
という、いち子のモノローグから始まりますが、この映画にその出来事の暗い重さはありません。
むしろ、桐島かれんさんが演じる母親の福子の存在が、田舎の映像に都会的なモダンさを添えるアクセントになっています。
料理の映像が秀逸
この映画、田舎ならではの食材を美味しく調理する場面が特に秀逸です。
食材を得るための農作業から、実際の料理のシーンまで、主演の橋本愛さん自らが行っているとのこと。
質素な食材なので、今流行りのインスタグラム映えするような映像ではないのですが、本当に美味しそうに撮れています。
私が食べてみたいと思った料理や調味料は以下のとおり。
- 醤油にハーブ類を加えたウスターソース
- ハシバミの実を使ったnutallaもどき
- くるみご飯
- 2色のクリスマスケーキ
- 砂糖醤油の納豆餅
- 凍み大根の煮しめ
- はちみつ入り玉子焼き
- 小麦ふすま入りのはっと
- バッケ味噌(ふきのとうの味噌)
- パン・ア・ラ・ポム・ド・テール(ジャガイモパン)
母親の福子だけが知っている、パン・ア・ラ・ポム・ド・テールをふかふかに仕上がるコツが最後までわからないのが気になります。
原作のコミック
この映画の原作は、「月刊アフタヌーン」で連載された五十嵐大介さんの同名のコミック「リトル・フォレスト」です。
私は原作は読んでいませんが、映画はかなり原作に沿ったエピソードになっているようです。
また、原作のコミックは、五十嵐大介さんの実体験に基づいて描かれているそうです。
どおりで、農作業のポイントや料理のコツがリアルです。
小豆のくだりなんか、未熟な小豆を食べる話も、実際に小豆を育てて、早目に採って食べた人でないと絶対に語れない内容です。
どの話もついつい引き込まれるのは、五十嵐大介さんの実体験に基づいた感覚やノウハウや失敗が散りばめられているからだろうと思います。
主題歌
映画の主題歌は、「夏」「秋」「冬」「春」のイメージに合わせて、yuiさんが書き下ろした
FLOWER FLOWER 「色」
です。
映画のエンドロールに合わせて流れるのですが、映像と合わさっていい雰囲気なので、主題歌を聴きながら、エンドロールも全部見てしまいます。
私が好きなのは「秋」の曲です。
映画のメッセージ
五十嵐大介さんの原作にも、同じ台詞があるのかどうかはわかりませんが、映画の中で耳に残った言葉です。
まずは、いち子のモノローグから。
(母親からウースターソースの嘘をつかれたことを受けて)
疑い出せばキリがない。
わたしがとにかく何でも、
自分でやってみないと気が済まないのは、
それでかもしれない。
言葉はあてにならないけれど、
わたしの身体が感じたことなら信じられる。
次に、いち子の2歳年下の幼なじみ、ユウ太の言葉。
自分自身の身体でさぁ、実際にやったことと、その中で感じたこと、考えたこと、
自分の責任で話せるのって、そのぐらいだろ?
そういうことをたくさん持っている人を尊敬するし、信用もする。
何にもしたことが無いくせに、何でも知ってるつもりで、
他人が作ったものを右から左に移してるだけの奴ほど威張ってる。
薄っぺらな人間の空っぽな言葉を聞かされるのにうんざりした。
俺はさぁ、
他人に殺さしといて、殺し方に文句つけるような、
そんな人生は送りたくないなと思ったよ。
ユウ太の言葉は、ほんと耳が痛い。
まとめ
東北の田舎の風景や食べることの意味を通して、人それぞれで違う「幸せ」や「豊かさ」を考えされられる映画でした。
生きるために食べる。食べるために作る。
という当たり前のことが、私にはすごく重いことに思われました。
四国で生まれ育った私は、まず、雪かきが必要な生活には耐えられないだろうと思うし、
稲は人の足音を聞いて育つ。
冬が終わって、まずすることは、次の冬の食料を作ること。
といった、春夏秋冬の四季の流れの時間軸でしかこなせないことを地道に続ける力量もありません。
ひょっとすると、農作業や毎日の暮らしの中の成功体験、失敗体験を踏まえて、
「来年こそは、もっとうまくやってやるぞ。」
という、毎年のチャレンジこそが、コンビニもインターネットもない暮らしの中の面白みなのかな?と勝手に想像したりもしますが、テレビやネットのお手軽な疑似体験にしか対応できない身体と頭になっている私には、これも難しいことだと思います。
そういうことをたくさん持っている人を尊敬するし、信用もする。
という、ユウ太の言葉には共感します。
自然の景色や料理の映像も見応えがあるので、ぜひ、一度ご覧になってみてください。
私は「プライム・ビデオ」で観ましたが、せっかくの綺麗な映像なので、できれば、Blu-ray版で観るのがいいかな。
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